「となりのトトロ」に思いを馳せてみました。
共感できるところがあったらうれしいです。
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▼ となりのトトロに思いを馳せる ▼
1988年 宮崎 駿
ストーリー
小学6年生のさつきと4歳のメイは、考古学者のお父さんといっしょに田舎に引っ越してきた。お母さんは引越し先から少し離れた病院に入院している。
荷物をいっぱいに載せた車にガタゴト揺られて到着したのは、おんぼろで、おばけ屋敷みたいな家だった。管理人は、しわくちゃで見た目はこわそうだけど、とっても優しいおばあちゃん。さつきとメイは「おばけ屋敷」がすっかり気に入った。
田舎に引っ越してきてまもなく、メイは、塚森の主の「トトロ」と出会う。いつも出会えるとは限らない、不思議な生き物、トトロ。お父さんいわく、「運がよければ会える」のだそうだ。そして、仕事帰りのお父さんを迎えに行った雨の降る晩に、さつきもトトロに会うことができた。ちょっぴり怖くて、とっても不思議な、トトロとの出会い。夢なのか、現実なのかわからないトトロとの胸躍るような体験。さつきとメイの田舎での生活は、こうして過ぎていった。
ある日、病院から電報が届く。「お母さんに何かあったんだ」。
幸いお母さんは、ただの風邪だった。でも、仮退院の時期が延びてしまった。お母さんが帰って来れなくなったことに駄々をこねるメイと、妹をなだめるさつき。とうとうケンカになってしまう。でも、さつきも不安だった。不安で不安で、ついに気丈なさつきの感情も爆発してしまう。せきを切ったように泣きはじめてしまうさつき。そんなおねえちゃんとおばあちゃんのやりとりにショックを受けたメイは、単身病院に向かって、駆け出していく。お母さんに会いにいくのだ。
メイがいなくなった。さつきもおばあちゃんも村の人たちも、みんな必死でメイの行方を探すのだが、見つからない。陽は、どんどん西に傾いていく。
途方にくれるさつきの目に、塚森の樫の巨木が映る。トトロだ。トトロなら、メイを見つけてくれる。さつきは最後ののぞみをかけて、塚森に足を向けた・・・。
感想
初めてこの作品を観たときの印象と、何度か観た後の印象が、あまりにも違うという、ぼくにとってはすごく珍しい映画です。歳を重ねれば重ねるほど、味が出てくるて感じですか(あ〜すげ〜陳腐な表現だ〜)。
一言で言えば、ノスタルジー。特にぼくのようにけっこうな田舎に育って、環境の変化を目の当たりにしたり、都会で一人暮らしを始めたりとかいう経験を経た人にとっては、特別な感情を抱くことになる作品だと思うんです。
ぼくがこの作品を初めて観たのは中学生のとき。田舎の中学生まっさかりです。あのころは、「となりのトトロ」に対して、みたまんまの感想しか持てませんでした。だって、あの作品の舞台に近い環境に暮らしてたから。さすがにあそこまで田舎じゃなかったし、テレビも当然カラーで一人一台、電話も普通にかけられましたけどね。
でも、当時作られた映画の舞台って、永遠に変わらないんです。それに反して、ぼくは歳を重ねて、東京にでて、もちろん実家の周りの環境も変わっていく。いつまでも変わらないノスタルジーを感じさせてくれる作品としては、他に類をみないくらいぼくの心に訴えかけるものがあるわけです、「となりのトトロ」は。
うるさいくらいの虫の歌声。
同じくらいうるさいカエルの合唱。
ちょっと不気味な雰囲気のお稲荷さん。
そして、おばあちゃんのやさしいまなざし。
など、など。
なにもかもが、ぼくの実体験に重なるんです。そういう人、多いんじゃないかなぁ?
ぼくは田舎暮らしがいい、とか、自然を大切にしよう、とか、そんなメッセージを受け取りたくてこの作品を何度も観直すわけじゃありません。むちゃくちゃ自己中に、自分の中でいつまでも大切にしておきたい思い出をビジュアル的に確認したいがために何度も観直してると思うんです。そういうのって、すごく大事だと思うなぁ。
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